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仙台国際ハーフマラソン大会
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過去大会の記録歴代記録招待選手の現在

●マーガレット・オカヨ Margaret Okayo (ケニア)
【第13回(2003年)大会出場】

マーガレット・オカヨ  99年シカゴマラソン2位を皮切りに、2000年ニューヨークシティマラソン3位、そしてついに01年ニューヨークシティマラソンを制覇。さらに02年のボストンマラソンでは、当時マラソン女子世界最高記録保持者のC.ヌデレバ(ケニア)を破り、2時間20分43秒の好タイムで優勝。一躍脚光を浴びたケニアの新星である。
 本大会には、第13回(03年)大会に出場、日本でのレースはこれが初めてだったようだが、来日までのハードなスケジュールと日本の寒さがたたってか思うような走りができず、入賞を逸する9位という残念な結果に終わった。仙台市民にとっては比較的いいコンディションだった第13回大会も、初来日のオカヨ選手にとっては少々ほろ苦いものとなったようだ。しかし沿道からの大きな歓声を背に受け、1ケタ順位を守りきった。
 その直後の03年ボストンマラソン4位を経て、同年11月のニューヨークシティマラソンでは、自身の持つ大会記録を更新する2時間22分31秒で、2年ぶり2度目の優勝を飾った。さらにその実績を買われ、04年アテネオリンピックのマラソンでも、ケニア代表として出場することが決定。マラソンデビュー当時は日本での知名度も低かったが、03年までの5年間で走った11戦のマラソンで優勝7回というのは、見事というよりほかにない。

 

●エレナ・マイヤー Elana Meyer (南アフリカ)
【第10回(2000年)〜第12回(2002年)大会出場】

エレナ・マイヤー  92年バルセロナオリンピック10000mで銀メダルを獲得後、フルマラソンでは90年代のボストン、シカゴなどで軒並み上位入賞を果たしている。ハーフマラソンでは、99年東京ハーフマラソンで1時間6分44秒、当時世界歴代2位の好タイムで優勝、00年シドニーオリンピック10000mでも31分14秒70で8位に入賞するなど、輝かしい戦歴を持っている。
 数年前より、ハーフマラソン歴代1位の記録がダウンヒルの記録として別扱いとなったため、現在ではハーフの女子世界最高記録は、エレナ・マイヤーの1時間6分44秒となる。また、15kmロードレースの世界最高記録も持っており、10000mからマラソンまで長距離レースでは常に安定した力を発揮し、母国南アフリカでは英雄的存在のランナーである。
 本大会には、第10回(2000年)大会より第12回(2002年)大会まで3回連続出場し、3連覇を達成。前半抑えた走りから一気に抜け出して独走、とロードレースの駆け引きを知り尽くしているベテランの走りで、観客のみならず招待選手までをも驚かせた。
 03年は世界各地のロードレースに精力的に出場、5kmで16分18秒、10kmで32分17秒などの記録を出し、3レースで勝っている。04年に入ってからは故障のため走れない時期もあったが、アテネオリンピックではトラックでの代表を狙っている。

 

◆リディア・シモン Lidia Simon (ルーマニア)◆
【第9回(1999年)大会出場】

リディア・シモン  96年アトランタオリンピックマラソンで6位入賞、翌97年大阪国際女子マラソンで3位などを経て、同年8月の世界陸上選手権アテネ大会でも2時間31分55秒で銅メダルを獲得し、寒さにも暑さにも強い実力派ランナーとして一躍有名になった。翌98年1月、ついに念願の大阪国際女子マラソンで初優勝、さらに99年同大会で2時間23分24秒の大会新記録で2連覇を果たす。
 本大会には、第9回(99年)大会に出場、惜しくも優勝は逃したが、序盤からE.ワンジロとの競り合いに、走りの力強さを見ることができた。ワンジロとともに大会記録を更新する1時間09分23秒で2位獲得。
 この勢いをつなげた00年シドニーオリンピックでは、高橋尚子選手との一騎打ちで敗れはしたものの、2時間23分22秒の好タイムで見事銀メダルを手にし、高橋とともに日本中にその名をとどろかせた。シドニー後の01年、ロンドンマラソン4位を経て、エドモントン世界陸上選手権では五輪と世界選手権での初優勝(2時間26分1秒)。
 02年は妊娠・出産のため競技活動を休止したが、03年1月よりいよいよ練習開始。7月、復帰戦の札幌国際ハーフマラソンは、1時間13分39秒の13位と、復帰後にしてはまずまずの成績を残した。母となりますます強くなった走りに、これからが楽しみである。

 

◆エリック・ワイナイナ Eric Wainaina (コニカミノルタ)◆
【第8回(1998年)大会大会出場】

エリック・ワイナイナ  92年9月にケニアの高校を卒業後、翌93年7月にコニカ(現・コニカミノルタ)へ入社。同93年札幌国際ハーフマラソンで2位となるのを皮切りに、94年北海道マラソン優勝、95年東京国際マラソン優勝、96年びわ湖毎日マラソン2位等の成績を引っさげて、ついに96年アトランタオリンピックマラソンで酷暑のなか、2時間12分44秒で堂々銅メダルを獲得。その後気持ちが途切れることなく翌97年、北海道マラソンで再び優勝するなど、夏の過酷なレースに強いランナーとして真価を発揮している。
 本大会には、第8回(98年)大会に出場、見事1時間03分18秒で優勝をさらった。その後も00年長野マラソン優勝などを経て、同年シドニーオリンピックでは2大会連続メダルとなる銀メダルを獲得。最近では、03年長野マラソン優勝、同年北海道マラソン優勝など、これと決めたレースでは確実に勝っている。
 スピードでは他に勝る選手も大勢いるが、ここぞという大舞台で力を発揮できるのはワイナイナならではの強み。過去2回のオリンピック連続メダル獲得という実績を買われ、04年アテネオリンピックでもマラソンのケニア代表に決定した。本人いわく「4番目の日本代表として頑張りたい」と頼もしい。

 

◆エスタ・ワンジロ・マイナ Esther Wanjiru Maina (資生堂)◆
【第7回(1997年)大会〜第11回(2001年)大会、第13回(2003年)大会出場】
エスタ・ワンジロ・マイナ  91年、長距離王国ケニアから仙台育英学園高校へ留学生として来日。本大会には過去合計6度出場、第8回(98年)・第9回(99年)大会をともに大会記録で連覇するなど、その活躍ぶりで仙台市民にはおなじみの選手である。ハーフマラソンの自己ベストは、99年東京ハーフマラソンで出した1時間06分49秒。これは2003年12月末日現在においても、世界歴代3位に入る好記録である。
 00年シドニーオリンピックにはマラソンのケニア代表として出場し、2時間26分17秒のタイムで4位入賞を果たした。01年日立製作所から資生堂に移籍後、02年東日本実業団陸上10000mで優勝、青梅マラソン30kmでは2位、京都シティハーフマラソンでは1時間10分14秒でC.ヌデレバ(ケニア)に次ぐ2位など、次々と好成績を残している。
 03年3月の本大会では1時間13分57秒で5位。本人の実力からすれば少々もの足りない結果ではあったが、沿道からかけられる声援はひときわ大きなものがあり、人気の高さがうかがえた。同年5月に仙台市営陸上競技場で開催された東日本実業団陸上では、初日の10000mで優勝後、2日目の5000mでも2位、11月の上海国際マラソン・ハーフの部では、1時間11分42秒の大会新記録で優勝するなど、快進撃を続けている。